農業の歴史

地域用水 ~ 農業の歴史 ~

 水はわたしたちの大切な宝物です

 農業用水は、わたしたちが生まれるずっと昔から多くの先人たちの手によって、深川市・妹背牛町の農業を支えてきました。
 これまでの農業の歴史を振り返ってみると、いつの時代であれ、地域の用水は、人々の生活にとって貴重な財産であったことがよく理解できるでしょう。
 そして、現在・未来を生きるわたしたちの役割は、このような地域の財産を大切に維持しつづけていくことなのです。
 さらに今後、地域用水はこれまでの農業用水としての利用だけではなく、わたしたちの生活環境をより快適にするための多面的な利活用として大きく期待されています。


◆明治の水田風景
 深川土地改良区における稲作は、明治29年に一己屯田で始まり、その後全域に普及しました。

◆大正用水のゲート
 稲作が盛んになってくると問題になったのが農業農水の不足。このことにり、明治42年に深川土功組合が設立され、かんがい用水路の整備に着手。大正5年に大正用水が完成しました。

◆耕運機の実演会
 昭和になると水稲の品種改良と機械化が進み、稲作は大きな転機を迎えました。

◆水田の大型化
 深川市・妹背牛町は、北海道を代表とする良質・良食味米の生産地として発展しました。
 そして、農業用水は地域住民の憩いの場として多面的に利用されています。
 これからは、自然・地域環境と調和した農業用水の利活用を図り、後世に引き続ぐことが地域の役割です。